お侍様 小劇場

   “いわゆる一つの 以心伝心?” (お侍 番外編 19)
 

 
 偏西風の異常か、はたまた日本列島周縁海域の海水温上昇の余波か。どっちにしたって地球温暖化の予兆ではあるらしい気象変動の、ある意味でこれも現れ。太平洋側に低気圧がちょっとでも発達すると、インド洋あたりから来る生暖かい湿気を吸収しやすくなってるそうで。そっちはシベリアからの影響だった冬場の爆弾低気圧に引き続き、春先からこちら、少しでも本格的な長雨ともなると、嵐のような強い風雨にまでなっている今日この頃だったりし。

 「そういや昨夜っから、何だか風の音が強かったんですよね。」

 今年は冒険して、葡萄の蔓を這わせたアーチを作ってみようなんて計画していたらしい、意外にも庭いじりも大好きな、島田さんチのおっ母様こと七郎次さん。それどころじゃあない、普段植えの花壇や家庭菜園の風よけや補強に気を配らにゃなりませんでと、お膝へ小ぶりなザルを載せ、今朝方最後の収穫分を摘んだらしいキヌサヤのスジを取りつつご報告くださり、
「そうであったのか。道理で、随分と予定変更の便が多かった。」
「おやまあ。それで新幹線で帰っておいでだったのですね。」
 一昨日からの短距離出張、海外から極秘来日していたカリスマバイヤーと幹部クラスの営業担当との商談の補佐として、愛知のほうへ出掛けていたところから。会談終了&契約事項の本社への報告が終わるやいなやという勢いで、慰労の会食を固辞してまで早めに帰宅したご主人様。…奥方のお顔が一刻も早く見たかったからでしょうか。次男坊のことは言えませんな、父上。
(苦笑) その年頃には珍しいほどの長身へ、ボトムは渋い茶黒の麻地のパンツに、肩を覆う長めの蓬髪とのバランスもいい、大きめのシャツをばさりと無造作に引っかけたような若者風の着方をし。すっかりと寛いだ様子でリビングのソファーに収まっておいでの勘兵衛様。お膝へ広げていた新聞を畳みつつ、
「では、雨樋や屋根の点検も、梅雨を待たずに手掛けたほうがいいのかも知れぬな。」
 七郎次さんにしてみりゃ大切なお城も同然の、自宅のメンテナンスのお話までも。そっちは任せたなぞとせず、ちゃんと受け止め聞いて差し上げるところなぞ。ばりっばりの辣腕企業戦士たる“出来る男”のお顔はどこへやら、との切り替えも素早くておいでであって。
「平八はそういうコネや伝手を持ってはおらぬのか?」
 お隣りさんは車輛整備専門ですのに、物づくりは一緒だとでも思うのか、そんな大雑把なお言いようをなさる御主様へ。さあどうでしょうかと水色の瞳を細めての苦笑をしてから、
「でも…そうですね、まだお若いのにああまで腕のいいお人なんだから、親しい業者さんがいるのなら、その方もまた凄腕ではございましょうし。」
 今度訊いときますねとはんなり笑った七郎次。ちょうど終わった手仕事、むしったスジの屑がゴミ受けのチラシの外へと落ちてないか、テーブルの上を確かめてから、ザルと一緒に手にしてキッチンへと引っ込みかかる。当主である勘兵衛が引っ越して来たときに既に新築ではない物件だったので、築十五、六年ほどにはなろうかというこのお家。成長に伴い、やんちゃにも駆け回ったり暴れ放題をしたりするよな小さな子供はいなかったとはいえ、それでも蓄積された歳月による風化が傷める箇所もあろうか、時折 窓枠やらが風に叩かれては、かたたと気になる音を立てもするようになったので。さてどうしましょうかという話をしていたご両人であり、

 “二階の窓から飛び出して、屋根を駆け降りるお人もいますしね。”

 いましたね、そう言えば。
(苦笑) 警報装置だの防音設備だのをオプション装備したおりに、そういった負担を補填出来るだけの頑丈な作りにしてはあるが、一度くらいは点検も考えておこうかと、何とはなしに話がまとまり、

 「久蔵はどうした?」

 今日は週末で学校は休みだろうし、ほんの小半時ほど前に帰って来たのを確かに“お帰り”と出迎えてくれたはずなのに。部活があって出掛けたなら出掛けたで、親代わりの二人へと“行ってきます”の挨拶…というか、会釈くらいはして行くはずで。だのにずっと姿が見えぬぞと訊かれたのへ、
「二階ですよ。何でも来週の頭にテストがあるそうで。」
 もう学期末か? いえ、実力テストとかいうのが。応じながら、ぱたぱたキッチンを歩き回っている気配がし、それが一度も止まらぬままに再びリビングへと戻って来れば。手に抱えたトレイには、お茶の用意が一式整っているという手早い至りようは、全ての隈なく、御主のためのものに他ならず。朝一番の便で帰国した相手バイヤーを中部国際空港から見送ったそのまま、直帰として帰って来たらしき勘兵衛は、恐らくは午前をずっと乗り継ぎの車中で過ごした身だろうにね。そのまま一眠りしもせずに、早く戻ったはこのためとばかり。留守居の間を寂しくしていたろう七郎次の傍らに、ただ居てくださる優しいお人。

 “眠ってて下さっても構いませんのに。”

 ともすれば恐持てさえするかも知れないほど、ちょいと気難しそうな。重厚なまでの落ち着きの似合う、いかにも壮年世代ですというお顔をしていなさりながらも。着痩せして見えるその体躯の充実した雄々しさのみならず、人知れず気を張ればとんでもなく強靭精悍で、野性味さえあふれる男臭さの塊でおわすと知っている。荒ごとへと接すれば、緻密老練でありながら大胆な、それはそれは切れのいい身ごなしを発揮出来る荒武者で。有能で人性の尋も深くって、誰からも何処からも求められよう素晴らしいお方だというのにね。それこそ大仰な言い方になるが、一つ屋根の下、間違いなく在宅してなさるのだというだけで、どれほど嬉しいか、どれほど安堵出来ることかと思えてしまうことだのにね。それ以上のいたわりを、身を削ってでも下さる優しい御主。だからこそ頑張って手を尽くそうと、甲斐甲斐しさにも拍車が掛かるおっ母様であるらしいのだが。

 「…。」

 実を言えば…勘兵衛様の方もまた、二晩ほどを独り寝で過ごして留守を守ってた、麗しくも愛しい伴侶の君を、眼前間近にしていたいだけの話かも知れなくて。どっちにしたって砂を吐くよな他人の惚気。テーブルの傍ら、床へと直にお膝をつくと、それは丁寧な所作でもって芳しいお茶を淹れて下さる恋女房の。伏し目がちになったことで…瞼のなめらかな陰影が頬へと触れての艶っぽく。妖冶な趣きを仄かに増した、色白なお顔をつい惚れ惚れと見ほれておれば。

 「…。////////

 そんな視線を頬へと感じてか、手元こそ動かぬが…その代わりのように伏せられた睫毛が震え、目許にほんのりと朱が滲み出てしまった七郎次。
「いかがした?」
「…知りません。//////
 ほ〜らやっぱり。
(苦笑) 聞いてるだけでも野暮なやりとりの余燼を載せて、どうぞと出された湯飲みを受け取り。どこまで気づいていなかったやら、彫の深い眼窩に据わった目許を細めつつ、御主が再び“くすす”と笑んだその拍子。


  「…っ、うわっっ!」


 あまりに一瞬のこと過ぎたのと、あまりに馴染みのないものだった故に。

  “…はい?”

 五感で拾ったものへの判断反射も、そこから転じて身を動かす瞬発力も、同じ年頃の平均以上を誇っておいでな筈のお二人が。珍しいことには…何が起きたかへの理解が追いつかなくて。一瞬その身を凍らせて、ほとんど同時にお顔を見合わせる。だって今のは、頭上から聞こえた声であり、しかもしかも、

 「きゅ、久蔵殿っ!」

 どったんとかガチャンとか、何だか重たい音もした。あちらさんは年齢相応とは到底思えないほどに細身の高校生であり、そんな彼が一体何をしたらあんな重たげな音が発するものなやら。そうと思えば うかうかしていてはいけないと、やっとのことで足腰が跳ね上がり。どんな非常事態かと、そして…彼らはどんな職歴をしておいでかと、唖然とするよな身ごなしで。ほんの数歩で疾風のように素早くリビングから飛び出してゆき、足音も立てずの軽々と、二階への階段をともすれば斜めがけの一足飛びにて駆け登り、目的のドアまで…都合 数秒で辿り着いている凄まじさ。

 「きゅ…。」

 ノブをひねるのももどかしそうにドアを開け、七郎次が名前を呼びかかったその声が…中途で凍る。丁度ドアからは対面となるベランダへの大窓。それへ向かい合う格好で据えてある机の…手前からこちらへと。椅子ごと引っ繰り返ったらしい青年が、床に敷かれたラグの上へ横たわったまんま、細い顎をのけ反らすようにして飛び込んで来たこちらを見上げており、
「久蔵殿っ。」
 朱の双眸も開いており、どこか痛いと身を縮めてもない。どちらかというと彼の側でも呆然としていたらしいのへ、大慌てで駆け寄ると、素早く屈んで覗き込んでやる七郎次であり、
「だ、大丈夫ですか? どこかぶつけたとか…ひねったりはしていませんか?」
「…。(…頷)」
 よいせと自力で、椅子の上からとりあえずは身をずらしたその痩躯。双腕を延べて受け止めてやり、そろそろと抱え上げての腕の中へと、すっぽり収めてしまったおっ母様であり。頭はぐらぐらしないか目眩いはないかとさんざん訊いてから、そのどれへも大丈夫だよとの応じをするのを訊いてから、

 「よかった〜。」

 次男坊の痩躯をぎゅむと抱きしめつつも、はぁあと息つき、撫で肩がもっと下がったほどもの安堵の勢いが…あまりに大仰だったので。やはり駆けつけたそのまんま、背後の戸口に立ったままでいた勘兵衛を、再び苦笑させたのは言うまでもなかったりしたのであった。





  ◇  ◇  ◇



 どうやら、数学の応用問題を解いていて煮詰まった末、お行儀悪くも椅子を座ったまんまで後ろへ大きく傾けていたところ。ひょんな拍子にバランスを崩してしまって、ずでんどうと倒れたらしい。運動能力の鋭さならば、お二方に負けないほど鋭いはずの久蔵殿の筈なのだが、

 「そういえば言ってましたねぇ。」

 全教科で平均点以上を取れないと、放課後練習の勝手な早退は今後認めてやれんと部長さんに言われたらしく。それでと、苦手な数学や物理へも本腰入れて頑張っていたらしい。煮詰まっていたという設問は、ここをこうしてそれから先のページにあった公式を…と勘兵衛から大体を紐解かれたことで、おおと切れ長の眸を真ん丸にしての開眼により納得に至ったのをいい限
(キリ)にさせ、久蔵殿もお茶にしませんかと階下まで同行させての“今”に至っている彼らであり、
「物音もですが、大きなお声まで出されたから。」
 昨日買っておいた生クリームも可憐なプチケーキを出していただきながらも、何ごとかとビックリしましたよ?と母上から窘められて、
「〜〜〜。/////////
 うににとお首をすくめてしまわれる、金髪痩躯の美麗な青年。白磁のようなすべらかな頬をし、それへと似合いのちょいと冷たくも冴えた整いようをしたお顔。無表情と寡黙さがそれへ加わると、まだ十代とは思えぬような威容さえ孕んでの、黙っていてもなかなか迫力のある御仁でもあり。だってのに、こういうお茶目をたまにやらかすものだから、おっ母様にしてみれば、いつまで経っても目が離せない かあいらしいお人でしかなかったりし。

 「ムキにならずとも、及第点は取れてましたでしょうに。」
 「〜〜〜。」

 ちなみに、日頃は驚くくらいに無口な彼だのに、どういう相殺になるものか…英文や現代国語の音読は、プロの朗読者かと思わすほど流暢で堪能、淀みなくも滔々と読みこなせているという。どうやら、自分の思うところを形にし、口にするのが苦手なだけであるらしく。しかもしかも、
「どうせなら上位の席次を取って、兵庫殿に有無をも言わせないようにしたかったのだ、と?」
 そんな風に細かい把握までされているのへ、こくりと頷く久蔵というやりとりへ、

 「…相変わらずだの。」

 微笑ましいとの口調でこそあれ、やはり苦笑を零された勘兵衛様であり。
「何がですか?」
「なに。久蔵が口数少なになったのは、
 お主がそうやって微に入り細に入りと先に読み解いてしまうからだと言うておる。」
「そうでしょうか?」
 音読には支障が出ないというし、剣道の立ち合いでは裂帛の気合いを放ちもするだろう彼であろうに。日常の会話に限ってこうまで寡黙だというのはきっと、

 「…あ、ちょっと動かないで下さいましよ?」

 口許へちょこりとついていたクリームに気づいたそのまま、綺麗な指先で拭っていただき。ありがとうございますの視線へ、どういたしましてと目顔での会釈が返る丁寧さ。
「美味しいですか? それは良かった。」
 言葉にするより早くこちらの“嬉しい”を掬い取り、本人以上の嬉しいを体言して嫋やかに微笑って下さるものだから、
「〜〜〜。///////
 そのお顔へぽうと見とれてしまう次男坊。こうまでこちらからの言葉が要らないほどに、よくよく気がつくおっ母様に、懇切丁寧に構われておれば。しかもそれを究極の至福とし、全身で甘受しておれば、

 「お主に比べりゃ“どうでもいい”という対象の者を相手に何か喋るなんて、
  億劫で面倒でしょうがないという順番にもなろうぞ。」

 にべもなくというお顔になっての伏し目がち、湯飲みを傾け、お茶を啜られる御主の言に。
「う…。///////
 確かに筋は通っており、七郎次としては…言葉に詰まる他はなく。そうは言われますけれどと、せめてもの反駁をしようとし、ちらと眸をやったのがすぐ傍らに並んで座してた次男坊。親御二人の話を聞いてはいなかったのか、心持ち見開かれた目許や薄く開いた口許、どうかしたの?と小首を傾げる様子が…あまりに稚
(いとけな)くも可憐に映ったものだから、

 「…っ、こんな可愛いお人なんですもの、しょうがないじゃあありませぬか。」

 ああもうどうしてくれようかと、切なげなほど目許を和ませて見返す母上へ。そのお顔の嫋かな優しさに当てられたか、
「…。///////
 ますますのこと、含羞みの赤を頬に滲ませつつ。こちらからも慕わしげな目線を“きゅうぅん”と返している…剣道部門の全国高校生選手権 現チャンプ殿だったりし。そして、

  “これではどうもならぬな。”

 絶えぬ苦笑に しまいには、締まりのないお顔になりでもしたなら、お主ら どうしてくれようかと。愛おしい家族らの困ったところ、されどそこがまた愛おしくてしょうがないところを、しみじみ堪能なさる御主だったりするのである。





  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.5.29.


  *今更で何だかな〜なお話ですいません。
   こちらの可愛いご一家が大好きですvvという、
   ありがたいメールをいただいたので つい♪

   七郎次さんの久蔵さんへのあまりの甘やかしようへ
   ともすれば閉口なさっておいでな勘兵衛様ですが。
   ご自身だって、シチさんと眸と眸を見交わせば…
   こちらさんだと、可愛さ余って押し倒しちゃうかもでしょうかvv
(こらこら)


めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv

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